« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »

2013年10月

ギリシャ料理

4ヶ月ぶりのグルメサークルの活動がありました。今回は、ギリシャ料理です! 

実は、今回はメキシコ料理のはずだったのですが、サークル代表の策略(10月9日の記事参照)でトルコ料理になりました。ですが、予約しようと思ったトルコ料理のお店は、ランチが無くなってしまったことが判明したのが一昨日の話。もうどこでもいいや! とサークルメンバーが選んだのが、「ギリシャ」、ということで、関内某所のギリシャ料理店に9名で出かけて行きました。

注文したのはランチメニューのムサカとパスティチョ。サラダとスープ、ライス、コーヒー付きでジャスト1000円。さすがオフィス街です。

さて、今回も、料理に厳しく臨むサークル代表Hさん(右)

まずは、サラダとスープ。これらにも評価がくだされます。

そして、メインのムサカです。ギリシャの代表的料理です。ボリュームありました。

こちらは、パスティチョ。パスタとひき肉とホワイトソースの重ね焼きです。

食後のコーヒーです。

こちらは、お店のBGMでロッドスチュアートやREOスピードワゴンがかかっているのにすぐ気づいたロックサークル代表のIさんです。ギリシャ音楽も聞きたかったですね。

さて、恒例の評価です(もちろんお店を出て帰ってきてからの話です)。誰もギリシャに行ったことがなく、本物のギリシャ料理を食べたことがない、という前提の話です。

○サラダとスープ・・・ごくごく一般的なサラダドレッシングとコンソメスープでした。

○ムサカ・・・ラザニアに似てる。ボリュームがある・・・

○パスティチョ・・・ラザニアに似てる。ボリュームがある・・・

○コーヒー アイス・・・凄く薄かった、ホット・・・美味しかった

ということで、全体的な味の評価は、<Aマイナス>あるいは<B>といった評価が下されました・・・もちろんまだまだ品数は多いわけで、ディナーも食べてみたいなぁ、夜も来てみたいなぁと思わせる雰囲気のいいお店でした。

|

<詩の朗読サークル>が精神保健フォーラムに登場

夕方、近所のケアプラザの一室で、<詩の朗読サークル>の活動がありました。

毎月一回、地味に活動を続けているサークルですが、来年2月にある大きなフォーラム「浜家連Cブロック市民精神保健福祉フォーラム」(会場 横浜市健康福祉総合センター)に出ることになりました。

限られた短い時間ですが、何人かのメンバーがステージで自作詩を朗読します

|

ボランティア講座で当事者発表

毎年横浜市内各区では、精神保健ボランティアを始めようと考えている人対象の講座を実施します。そこでは、毎回区内の施設のメンバーが当事者発表を依頼されます。自分の病状や生活、将来への思いなどを話し、講座参加者からの質問に答えます。

今回、スペース杉田からは二人の男性メンバーが発表します。今日はその打ち合わせでした。発表原稿を「完璧です」と褒められたそうです

|

健康と美と

今日は月に1回の<ヘルシー&ビューティー>プログラムでした。今日のメニューは、体力測定。4月から始まったこのプログラムの半期の結果が出るというわけです。

血圧です。意外と高血圧の人は少なかったです。

長座位体前屈、どこまで前屈できるでしょうか・・・

身長

体重と体脂肪チェック

「俺いろいろやばいよ~」と笑うYさん。

最後は腰を伸ばして終了です。

測定結果は・・・ん~やはり体脂肪が気になる人が多いスペース杉田でした。足の筋肉が衰えている人も多かったです・・・

|

やっぱり優しい人が・・・・

スペース杉田のメンバーになって約一ヶ月のMさんです。

「しばらく調子が悪かったけど、やっと良くなりました(笑)」

「スペース杉田の感想は・・・ここの人たちは、みんな優しいですね。きっと優しすぎるから・・・病気になっちゃったんですね」

|

メンバーミーティング

毎日なにかしらについてミーティングをしているスペース杉田ですが、今朝は月2回の活動・事務ミーティングでした。スペース杉田内の活動の報告や予定、様々な事務的な連絡などが内容です。

何故だかビックリするほど人数の多いミーティングになりましたが、淡々と進みました・・・

今日はロックサークルの設立が承認されました。ロックサークル・・・何やるんでしょうか?(10月18日記事参照)。特に80年代ロックを小さくかけながら語り合う、一緒にコンサートに行く、Tシャツを作る、とか色々出ていましたね。

|

自作曲は120曲

第27回になるギターサークルさんぽみち演奏会の出演は、栄区のベテラン<紀野はりを>さんでした

高校時代から作り始めたオリジナル曲は現在120曲。2回目(以上)のお客さんには、なるべく同じ曲をやりたくない、ということで、その日の曲のメニューを全部変えるそうです。これは120曲もオリジナル曲のある人でないとできない芸当です。

1時間弱、軽妙なトークを交えて10曲以上の弾き語りをリラックスしてこなした紀野はりをさんでした。

「連れあいにさ(交際相手、彼女でしょうか?)、あんたは歌う時力が入りすぎてるって、言われたんで、今日は肩の力を抜いてやったつもり」

「ん~でも今日の出来は70点くらいかな(笑)」

「これからこのお店でビール飲んで帰ります。ライブの後は、やっぱりビールだね(笑)」

|

白楽一(いち)

白楽一(いち)

小雨の中、白楽の一(いち)さんをギターサークル代表のKさんが訪問しました。
一(いち)さんは、駅前商店街の小さな可愛らしいレストランです。メンバーがたくさん働いています

今日は、年末のクリスマス演奏会の相談をしにやってまいりました。当然お店のママと話したいのですが、店内は満員で、オーダーが終わるまでは話せませんでした。

白楽一(いち)

今度スタートする一(いち)さんの二つ目の施設2(ツー)という就労支援B型のメンバーの皆さんが作った和菓子です。とても美味しかったです!

ギターサークルのクリスマス演奏会は、お店の広さの関係で、サークルメンバー全員出演の演奏会がちょっと厳しいので、お一人かお二人くらいの出演者の演奏会を来年やらせていただくことになりました。ママさん、ありがとうございます!

白楽一(いち)

(一さんは、白楽駅下車徒歩2分) 

|

自主的な人々

スペース杉田の自主製品デコパージュの注文が100個も入っています。今日はまだデコパージュの先生がいらしていないのですが、3名のメンバーが自ら自主的に作り始めていました。

こちらはボランティアさんの昼食作りを自主的に手伝っているSさんです。

こちらは、眠いので自主的にソファーで眠っているNさんです。

三者三様、みんな違ってそれでいい(金子みすずみたい・・・)スペース杉田でした

|

いつの間にか秋

台風が二つ日本に向かっているそうです。今日もなんだか変な天気でした。


午後のプログラムの革細工に参加する人もいましたが、いつもの海の公園までウォーキングするメンバーもいました。


それにしても、いつの間にか肌寒い秋になってしまいましたね

|

カレーのある幸せ

 

今日の昼食は、常日頃からお世話になっている磯子精ボ会の皆さんのカレーライスでした。

精ボ会代表の柏木さんは、自らを「カレーのおじさん」と呼ぶくらいにカレーがお好きなようで、いつもフルーツが入っているのが大きな特徴です。じゃがいもかと思って噛んだらパイナップルだった~!という驚きは、言葉では表現できません

今日も山盛りおかわり続出のカレーライスでした。

|

かなざわ古道

今日は朝から久しぶりのスーパーウォーキングの活動がありました 夏の間は、猛暑でお休みしていたのです。

今回の参加者は、歩く新日本紀行・郷土史に詳しい代表Oさんと、富士登山を成し遂げた3人組。みんな健脚です!

午前9時30分に京急鶴見駅をスタートし、まずは旧東海道を進みました。みんなが見ているのは、神奈川宿の観光案内板(下)です。後ろに見える上り坂の左側は海だったんですね~

さて、今回から今後のスーパーウォーキングサークルの活動の目的は、東海道のようなメジャーな街道ではなく、もっとマイナーで、東海道などが整備された時代(江戸時代)よりも以前からある街道(古道)を歩いてみようということになりました。

その第一回目として選んだのが、「かなざわ古道」です。

しっかりと下調べをしたOさんの指示で、保土ヶ谷から東海道を外れ、「かなざわ古道」に入りました。

保土ヶ谷から磯子(梅林)や金沢(八景)に抜ける道があったのですね。それは、生活道であり観光道でもありました。

蒔田あたり・・・なんてことない道なのですが、なんとなく歴史を感じるわけで、この辺の感覚は実際に歩いてみないと分からないかもしれません。

笹釜道路をずっと下り、能見台方向へ左折し、上り坂を上がりきったあたりに能見堂緑地の入り口はありました。

ここが金沢区!?というような自然の中の遊歩道ですが、ここが一番昔の状態に近い「かなざわ古道」かもしれません。

夕暮れの東京湾が見えました。金沢八景です・・・

そして、暗くなってきた国道16号に下りました。この先は金沢文庫駅です。

金沢八景駅前です。午後6時すぎです。

そして、目的地の京急六浦駅に着きました!スタートは8名でしたが、関節痛などで3名が途中下車しました。推定歩行距離は32キロぐらいでしょうか。約9時間かかりました。

驚いたのは代表Oさんの相変わらずの健脚ぶりで、大して運動もしていないのにアップダウンでもスピードが変わらないのは驚異的でした。富士登山組は、長距離が久しぶりだったのか「疲れた」「足痛い~」を連発していました。

のんびり遺跡などを眺める余裕はないウォーキングですが、古の道からはなにか霊気のようなものを、といったら大げさでしょうか、感じる時があるんですね(全然感じない人もいますが)・・・結構なスピードで歩きつつアドレナリンを放出し、町の歴史を感じながら歩く、というのがこのサークルの楽しみでしょうか。

次回は「幻の絹の道(八王子~本牧)」とか・・・

|

横浜YMCAチャリティーラン


今年も横浜YMCAチャリティーランに参加しました。800メートルづつ5名のリレーで競うこの大会に、横浜YMCAチームの助っ人としてスペース杉田のスプリンター3名が走りました。
800メートルという短距離なのですが、これがなかなか曲者で、子供たち相手にムキになって走ったりすると、グッタリするほど疲れます。


感想は「富士山登山より疲れました」だそうです。走り終えたことが大切です。結果、チームが何位だったとかよく分かりません


閉会式です。今年もお楽しみ抽選会がありましたが、何も当たりませんでした結果はどうあれ、こうした大会に毎年お声をかけて頂き参加できるのは、本当に嬉しいことです

|

新しいサークルが生まれる時

スペース杉田には、サークル活動やレクリエーションの行き先候補などが書かれたホワイトボードがあります。ある日、切り取ったノートのページに、『○○××(Nさんの氏名)です。どんな音楽をきいてるか、書きました』と題し、<CDを3枚以上持っているアーティスト>、裏には<ベスト盤を持っているアーティスト>というタイトルで、びっしりと洋楽ロックアーティストの名前が書かれているものが貼られていました。

それを見たK職員「・・・なんだこれ?Nさん、これなんスか?」Nさん「はい、僕が好きなアーティストです」K職員「・・・そりゃあ、Nさんが80年代のロックが好きなことは知ってますけど・・・これ貼ってどうするんですか?」Nさん「はい・・・僕の好きなアーティストをみんなに知ってもらおうと思って」K職員「・・・知ってもらってどうするんですか?」Nさん「それは・・・」K職員「知ってもらって終わりですか?」Nさん「はい・・・まぁ」K職員「なんか良く分からないけど、終わりじゃもったいないじゃないですか・・・。Nさん、サークル活動にしましょう。Nさんの好きな80年代洋楽ロックサークル!」Nさん「・・・何するサークルですか?」K職員「それは・・・Nさん考えて下さい(笑)。3人集まったら成立です!」Nさん「はい・・・」K職員「いいな、ロックサークル、名前が格好いい」

ということで、<ロックサークル>のメンバーの募集が始まりました。どんな活動をするのかは、Nさんが考えてくれるでしょう。すでに「スペース杉田で大爆音でCDを聴く」とか実現不可能な活動内容を模索し始めたNさんです。

|

Kさんについて

Kさんです・・・Kさんは今大変な事態に直面しています。それをここで明らかにすることはできないのですが、それはKさんの人格であるとか病状であるとかとは関係のない事で、Kさん(とお母さん)は大変困っています。

日本の精神保健福祉は、身体・知的の福祉の世界に比べると、遅れているとよく言われますが、ビックリするようなことが起きています・・・この磯子区で・・・

Kさん、それでも元気です。うつむいているのは、写真を撮られる時のKさんのクセで、別に沈み込んでいるわけではありません。相変わらず野球のことばかり話していて明るいもんです。正義は必ず勝ちます

|

今日は休所でした

今日は、前日から「10年に一度の」規模の台風が関東地方にやってくるのが天気予報で分かっていたので、昨晩の時点で休所が決定しました・・・横浜市では、ここら辺の判断は各施設に委ねられています。

磯子区内でも、別の地域活動支援センターは早々に休所を決めていましたね・・・もっとも、職員さんは出勤して黙々と仕事をしている場合もあります。

それにしても、やたらと台風がやってくるのが最近多いような気がするのですが・・・

|

心の拠り所


看護専門学校のお二人が実習でいらっしゃっていました。

スペース杉田の利用者への感想は、「ここ(スペース杉田)を心の拠り所にしてるなぁ、って思いました」とのことでした。

「もしそうなら、嬉しいですね~」と職員さんは答えていました。

|

松本ハウスさん

スペース杉田の前運営団体である神奈川県精神保健ボランティア協議会の25周年記念交流会が、桜木町の健康福祉総合センターでありました。

その第2部にお笑いタレントの「松本ハウス」さんが登場しました。

10151

「松本ハウス」さんは、統合失調症のあるハウス加賀谷さんと松本キックさんによるお笑いコンビです。最近は「べてるの家」などでも講演(公演?)活動をしているそうです。

10152

なんと症状を交えた爆笑ネタを披露した後、インタビューや会場からの質問に答えていただきました。

スペース杉田のメンバーも何人か行きましたが、「症状をお笑いにするなんて凄いですね」という感想がありました。

|

ソフトボールの神様

今回でなんと20回目を迎えるというフレンドシップ杯ソフトボール大会が金沢区並木の産業振興センターで開催されました。

今まで何回もこのブログでお伝えしているように、わが磯子ファイターズはこの大会には半端ない意気込みで臨んで参りました。今年こそ、優勝・・・せめてベスト4入り・・・灼熱の7月や8月にも練習してきました。この日のために体調も整えてきました。あとは、試合に勝つだけです。

初戦の相手は、去年の準優勝チーム戸塚ファーマーズ。名前のとおり、農作業をやっている施設のチームです。相手に不足はありません。

試合は、3回裏まで両チームともミスの少ない緊張したもので、わが磯子ファイターズは僅差で勝っていました!

ところが、ところが、3回裏の相手チームの攻撃が終わりません。徐々に守備が乱れていきました・・・そして気づいた時には、逆転されていました・・・6対4・・・今年もまたまさかの一回戦負け(涙)・・・

写真を、と言われて肩を落とす監督&キャプテンのKさんです・・・

Kさん、応援に来てくれた友人にも言葉少なでした・・・

気を取り直して、負けたもの同士が戦う特別賞狙いのトーナメント戦です。相手は、クリニックのデイケア参加でとても人数の増えた金沢区合同チームBlueWingsです。

BlueWingsは次々とピッチャーが入れ替えるのには驚きました。戦力が豊富なんですね・・・そして試合は打撃戦になり・・・12対8で負けました・・・

一体何故こんな結果になったのか・・・ソフトボールの神様は、なぜ私たちにこんな仕打ちをするのでしょうか・・・背番号「1」が泣いています・・・

20131011142433_1

時間が余っていたので、負けが続いたチーム同士で練習試合をやりました。正直、戦う気力があまり出ませんでした・・・

20131011143922_2

そんな中、磯子ファイターズの魂(たましい)クサマさんが打席に立ちました。今日初めての試合出場でした・・・そして、目をキラキラさせたクサマさんは、見事にサードの頭上を抜くヒットを打ったのでした・・・

失意の閉会式です。今年は不慮の怪我で満足に試合に出れなかった監督&キャプテンのKさんは思いました・・・「チームのみんなは良くやってくれた」と。トーナメント戦とは全く関係ない練習試合でヒットを連打し、子供のようにはしゃいでいたクサマさんの姿・・・そうでした、私たちはあまりに優勝にこだわり過ぎて、大切なことを忘れていました。それは、野球を純粋に楽しむことです。楽しんでリラックスしてプレイすることが勝利に結びつくことを私たちは忘れていました。

「来年こそ野球の神様に微笑んでもらうぞ!」Kさんは今年も美しい夕焼けの金沢産業振興センターグラウンドを後にしたのでした

|

明日はソフトボール大会


明日は年に一度の大イベント、フレンドシップ杯ソフトボール大会です。横浜市内の精神障害者の伝統のソフトボール大会です。

今日はわが<磯子ファイターズ>の有志のメンバーが、軽い練習をやりました。
今年は強力な新人が2人も入り、念願のベスト4入り、優勝だって狙いたいところです


こちらは、明日の試合球を磨いている女性メンバー。野球にはあんまり興味ないけど、こんな形で参加してくれてます!

|

今日のナイスショット


今日のイブニングケアは、夜のウォーキングでした。

港の見える丘公園から、山下公園、赤レンガ、みなとみらいにかけての夜景は、とっても綺麗でした!

|

いつの間にか・・・

グルメサークルの代表Hさんです。

ネットの記事を印刷してきて、「あの〜次回のグルメサークルなんですけど、このトルコ料理のお店がいいと思うんですけど」「えっ・・・」「いいと思いますよ、このランチ2250円」「・・・いや、そうじゃなくて。次のグルメは、メキシコ料理って決まってたでしょう」「そうですけど(微笑)」「なんでいつの間にかトルコ料理になってるんですか?」「メキシコもいいけど、トルコもいいじゃないですか?」「いつトルコになったんですか?」「あんまりいいお店がないみたいだし」「だったらミーティングするなり話し合えばいいじゃないですか?」「トルコも美味しそうですよ(微笑)」「自分が食べたいからって。代表だからってちょっと勝手すぎませんか?」「メキシコはあんまりいいお店がありませんよ」・・・そうなのです、いつも都合が悪くなるとこの笑顔で<いつの間にか>論点をすり替えるのがHさんのやり方なのです ・・・ということで、いつの間にか次回のグルメサークルはトルコ料理になってしまったのでした。

|

私の幸せ

午前に「みんな聞いてよミーティング 幸せ編」がありました。自分の小さな(大きくてもいいのですが)幸せを発表して、みんなでそれを共有しよう!というミーティングです。

それでは、今日の幸せは・・・

「今付き合っているAクンと・・・結婚前提で付き合うことになりました!」拍手ぅ〜

「専門学校時代の親友から電話がかかってきたんです!25年ぶりに話しました」拍手ぅ〜

「上大岡の京急でYさん(ご主人)に洋服を買ってもらいました!」拍手ぅ〜

「・・・なんにもないんです。しいて言えば、風邪もひかず、健康なことかな・・・」沈黙のあと、拍手ぅ〜

|

Dさん

Dさん
今日も暑いんだか寒いんだかよく分からない一日が終わりかけた頃、Dさんがいらっしゃいました。

Dさんは週に3日アルバイトをしています。でも今日は勤務日だったのですが、朝から調子が悪くて休んだそうです。

仕事最優先のDさんは、月一回程度しかスペース杉田にはいらっしゃいません。それでもこうして来た時には、近況を話してくれます。

Dさんもスペース杉田の大切なメンバーの一人なのです。

|

Kさん

磯子区内にある地域活動支援センター工房タッチのKさんです。Kさんは、スペース杉田の「国語サークル」と「ギターサークル」のメンバーです。今日は、月に2回のギターサークルの日でした。

Kさんは、工房タッチのメンバーとして日常的に活動していますし、スペース杉田には気に入ったサークルにだけ参加する、というのがKさんのスタイルです。
Kさんのようなサークルメンバーが、他にも何人かいらっしゃいます。

サークルは自主的な自費活動なので、外部のメンバーが参加することは運営上問題はありませんし、むしろ地域交流ということで認められています。


あっ、Kさんの右のHさんも、スペース杉田の利用者ではないギターサークルメンバーでした!

・・・このように、外部の当事者が(そんなにしょっちゅうではありませんが)当たり前のようにサークル活動をやりにスペース杉田にいらっしゃいます。こういうオープンな当事者の交流かある地域活動支援センターは、横浜市内では多分スペース杉田だけだと思います(エヘン!)。

|

10月だというのに・・・

Burari

今日は朝から小雨が降っていましたが、天気予報では昼からマークが。でもなかなk雨が止まないので、ぶらりウォーキングの皆さんは「今日は中止かな・・・」なんて言ってたのですが、見切り出発しました。

今日の行程は、金沢区富岡辺りを約5キロ歩く文字通りぶらりとのんびりウォーキングでした。途中からだんだん陽がさしてきて汗ばむような陽気になりました・・・台風が二つも近づいているせいでしょうか、妙に蒸し暑かったです。

それにしても、10月に入ったというのに26℃とか27℃とか、半袖Tシャツ短パンで過ごす時代が来るとは・・・と昭和世代の多いスペース杉田のメンバーには信じられません。昔は10月といえば秋真っ盛りで鼻水垂らしながらセーター着てましたよね皆さん子供時代は・・・

(写真は、変な天候に茫然自失状態のぶらりウォーキングのメンバー・・・というわけではありませんが) 

|

『富士登山への挑戦』 杉田文学17号より

昨日は、富士登山終了後に燃え尽きてしまったメンバーHさんを紹介しましたが、今日は、やはり一緒に登ったNさんのエッセイ(「杉田文学」17号に掲載予定)を紹介します。Nさん、トレーニング中から「登り終えた後」のことを心配していました。燃え尽きてしまうのではないかと・・・でも大丈夫だったみたいですね。

「若林幹人」は、Nさんのペンネームです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『富士山登山への挑戦』         

若葉 幹人

(1)トレーニング編

 二〇一三年九月九日、私は人生初の富士山登山に挑んだ。スペース杉田にメンバー登録して一番最初に自分の目標として決めたのが、「富士山を登頂する」ということであった。私は今年の初めまで某企業にサラリーマンとして働いており、入院を機に企業を退職した私は失意のまま生活を送っていた。スペース杉田に入り、富士山登山をするという話を聞いた時に、何か目標を決めれば、きっと自分自身前向きに生きることが出来るだろうと思い、決意をした。日本一の山を制するためには、それなりのトレーニングをする必要があると、K施設長から言われ、九月の登山に向けてのトレーニングが始まった。

 富士山登山に向けては、まず体重を落とすことから始めた。退院時の体重は72。体重を落とすことで、登山をする際に身を軽くすることで、体にかかる負荷を減らす目的があった。まずは富士山を登るにあたっては、歩く事に馴れなければならないので、ウォーキングプログラム、30kmのスーパーウォーキングには三回参加した。歩く事は場数を踏むことで長距離も平気になっていった。それと同時に食事面でも体重を落とすことを始めた。まず出来る限り野菜中心の食事に切り替えたのと、寒天ダイエットで徐々に体重を落としていった。こうして富士山登山直前には、目標の60には届かなかったものの、63まで減量し、スペース杉田に入所してから約10のダイエットに成功した。

 八月に入り、本格的に富士山登山を想定したトレーニングが始まった。新杉田駅裏の階段上り下り十分×四セットを行った。足がプルプルして歩くのがおぼつかない。それでもこのトレーニングは無事にこなした。しかし、私が躓いたのが、金沢文庫の称名寺の裏山二往復である。正直私は「たかが裏山、大丈夫、大丈夫!」と、余裕綽々でいた。しかし、登っていくうちに、一緒に登る二人のメンバーがヒョイヒョイと登っていく中、私は暑さと段差に参ってしまい、一往復後に早くもグロッキーになってしまった。「称名寺を嘗めていました」この一言しか出ないくらい、私にとって称名寺はキツイものであった。この称名寺での練習で「富士山は本当に大丈夫なのか…」と、私の中で不安材料として残った。さらに金沢文庫から横浜市民の公園を歩いて、鎌倉の天園から建長寺を経て、由比ヶ浜までのウォーキングで、失いかけていた自信を取り戻すほど歩けた。そして、富士山登山では夜の崖道を歩くということで、それを想定して、夜間訓練として、その天園の石段の十往復という訓練は思ったよりも楽にこなせた。

 そして、トレーニングのクライマックスは、丹沢登山である。この丹澤を制しなければ富士山には行かせてもらえない。八月二十六日、朝九時過ぎ登山を開始した。登山を始めてすぐに汗だくになり水分を想像以上に補給した。もうすぐ頂上だ…と思っても、まだ階段が続く。それの繰り返しで心が折れそうになっていった。丹沢の頂上に着いた時、私の中で自信が付いていたのに気付いた。これだけトレーニングを積んだんだから高山病の症状が出なければ大丈夫だろうと思った。天気は曇っていたのと、ガスが出ていたので頂上からの風景が見られなかったのが残念であったが、私の目標は丹沢の頂上ではなく、富士山の御来光と頂上である。その後富士山登山まで数日あったが、何時ものウォーキングや階段上り下りをして、本番に備えた。富士山に登れることを信じて…

(2)富士山登山編

 人生初の富士山登山は二〇一三年九月九日から翌十日までの日程で決行された。メンバーはスペース杉田当事者三名、スタッフ三名、ボランティアさん一名、地域活動支援センターひふみ職員一名の計八名。男女四名ずつのグループで登ることとなった。九月になるとほとんどの登山道が閉山する。私たちは吉田口五合目から頂上を目指し上ることになった。まずは高山病が出ているか否かの確認と、富士山の標高に馴れるために五合目で暫くプラプラ歩いて体を順応させることから始めた。そして午後五時半、一行は円陣を組んだ後、頂上目指して歩き始めた。私にとって今までの総決算、御来光を見ること、頂上を目指すこと、これを目標に今まで厳しいトレーニングをしてきた。「絶対に頂上に行くんだ」という思いで一歩一歩踏みしめて富士山を登っていった。最初はなだらかなくだり道、そして次第に急坂になっていく。登っては休憩をこまめにとり少しずつ登っていった。

 登るに連れて次第に暗くなっていく。そして六合目あたりからヘッドライトを付けて、長い夜間登山が本格的に始まった。九月になって登山客が少なくなったとはいえ、途中で登山渋滞が所々であった。暫くするといよいよ道が急な岩坂となった。当然ながら天園の岩山とは桁外れである。足が入る所を選びながら登っていくが、次第にロッククライミングのように、壁に近い崖をよじ登る形となり、富士山が険しい山であることを改めて感じた。休憩の際に富士山の夜空を見ると、夜空に星が綺麗にちりばめられており、これは御来光と同様に絶景で、崖登りで疲れていた私にとって癒しになった。金では買えない光景を見られて感激しながら、午後九時過ぎ、八合目の私たちの宿となる蓬莱館という山小屋に到着した。そこでは四〇〇円のカップヌードルを食べたが、普段地上で食べるものよりも遥かに旨かったと感じたのは、富士山で食べたからこそである。山小屋で写真を撮影し、午後十時過ぎ、私たちは寝袋で仮眠を取った。

 翌十日午前三時、外国人登山客のガタガタという音で寝たが寝ないかよく分からない中、私たちは起床して、登山の準備をした。午前四時、蓬莱館を出発して登山再開、頂上を目指して歩き始めた。外は強風、さらに天気はヒョウが降るとの予報であったことから、登山中に天気が崩れないか心配になったが、暫くは強風だけで何とか天気は持ってくれた。登山を再開してから、山小屋ごとに休憩を取る。私たちはもう雲の上まで来ており、私も高山病の症状も出ず、酸素が薄いということもなく、登山を続けていった。すると、段々と夜が明けてくる。そろそろ御来光が見られる。私たちはわくわくする気持ちを持ちながら、御来光が見えるのを待った。太陽が昇ってくるのがくっきり見える。徐々に登ってくる。そしてそれが横長の光と変わっていった。「御来光だ!」これを見るために厳しいトレーニングを積んで来た甲斐があった。皆で御来光を拝み、写真を撮った。私は昨夜の夜空以上の感激を覚えた。この病気になってから心から感激したことは今まで無かった。実際に話に聞いていた以上に綺麗な御来光を見られ、「生きてて良かった…」本気でそう思った。

 御来光を眺めてから、今度は頂上を目指して登山を再開した。急坂と岩山が立ちはだかったが、御来光を見た私は、「頂きを取る!」という思いだけで登山を続けた。歩け歩けと言い聞かせながら歩いていくと、鳥居が見えてきた。鳥居を三つ超えると頂上である。頂上が見える。見える頂上を目指すが、厳しい坂と岩はそう簡単に私を富士山の頂上に登らせてくれない。そんなに甘くはない。ただ、今までのトレーニングを積んで来たことを自信にして登っていく。鳥居を一つ越えると「あと二つ」、第二の鳥居を超えると「あと一つ」と言い聞かせながら、登りつづけていった。頂上に近づくにつれて、ガスで視界が悪くなっていった。それでも頂上を目指して登りつづけた。

 登山を始めて十四時間、午前七時過ぎ、三つ目の鳥居をくぐって、ようやく頂上に到達した。悲願の頂上である。標高三七七六mを登り切った。今までの事が走馬灯のように私の中をよぎった。失意の中で富士山登山を決意してからの事、病気になってから今迄のこと、登って良かった… そう思った。一緒に頑張ってきた二人がいたから登頂できた。見守ってくれたスタッフがいたから登れた。そして、私の無謀な挑戦を励ましてくれた家族や友人がいたから登れた。下山後、父から電話がかかって、「無事に登頂した」と話したら父は電話越しで号泣した。

 富士山登山の挑戦は頂上まで登れたことで終わった。

 来年の登山の話も出ているが、今は富士山を登れたことと御来光を見られたこともあり、暫くは余韻に浸っていたい。

 登山が終わって一週間、私のパソコンの壁紙は富士山の御来光の写真に変え、部屋には「富士山頂 三七七六m」のフラッグが自慢げに飾ってある。これを見る度に「生きてて良かった」と思う自分がいる。

二〇一三年九月十六日・記

2013091323050000

(富士山頂で 右がNさん)

|

私、燃え尽きました(笑)

私、燃え尽きました(<br /><br />
 笑)
登山サークルのHさん(左)は、先月10日に富士山登頂を成し遂げました。もちろん初めての富士登山でした。

それから約一ヶ月間、Hさんは「燃え尽き症候群」になってしまったそうです。

精神疾患を抱えつつの約四ヶ月間のトレーニング、高山病へ恐怖、直前までの体調管理など、どれほどの緊張の日々だったかはHさんにしか分からないでしょう。それらから一気に解放されると・・・

それでも、やっと最近復活したHさんは、「来年はシアトルに行きたいなぁ(笑)」と新たな目標に向かって行くみたいです。

|

事業説明会及び移行支援研修会

『事業説明会及び移行支援研修会』というタイトルの研修会が新横浜でありました。スペース杉田のような横浜市内の地域活動支援センターなどが集まった団体である市精連(横浜市精神障害者生活支援連合会)と横浜市役所(健康福祉局他)との合同研修会でした。

今、市内のスペース杉田のような施設は、就労継続支援B型という文字通り就労支援を第一目的とした施設への事業移行が大きなテーマになっています。移行すれば、運営費が大幅に増加し(と言っても、身体知的障害施設のレベルにやっと並ぶ、ということだそうですが)、繰越金も法人が貯めることもできるので、事業拡大の資金に回すことができます。
財政難の横浜市にとっては施設運営費の半分以上が国と県の負担に移行するので、以前から市内の施設には積極的に事業移行を薦めています・・・

今日の研修は、もう「移行しないのはおかしい、できる限り早く移行しましょう!」というような雰囲気さえありました。これからの福祉施設には経営センスが必要、移行のデメリットは事務作業が煩雑になるだけ、補助金事業体質を卒業して経営手腕を磨きましょう!・・・だそうです。
でも、ホントにそれでいいのでしょうか・・・


|

« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »