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2011年2月

月曜日あれこれ

日曜日とうって変わって冷たい雨が降る月曜日です。

午前は、職員相談の時間でした。「生活保護なんですけど、GH(グループホーム)から引っ越せるんでしょうかねぇ」・・・

午後は体育館でソフトバレーボールの練習。参加者4名で試合をやるのは結構シンドイです

午後3時より、磯子区合同ソフトボールチーム『磯子ファイターズ』の来年度に向けてのミーティング。主要メンバーで、来年度の活動について話し合いました。来年こそ勝ちを狙っていくのかな?・・・

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ギターサークル

3月に演奏会が決まったギターサークルの活動がありました。

まだ話をしていなかった参加メンバーもいたのですが、皆さん出演即OKでした。

サークルの設立初期は、演奏会の話があるとかなり緊張して「出る」「出ない」で揺れたり不安になってしまうメンバーがいらっしゃったのですが、最近は、数々のステージをこなしきて皆さん度胸がついたみたいです

演奏会をやると、お客さんの中に音楽好きな方がいて、自然に人の輪が広がることが多いです。最近、お母様に勧められてサークルに入った女性がいます。お母様が、とある精神保健フォーラムで演奏する我々を見て、「あのサークルに入ったらいいんじゃない?」と家でギターを弾く彼女に参加を勧めたそうです。

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ロシアの家庭料理を求めて

AM11時45分、東京の高田馬場です。今日はグルメサークルの活動日。インターネットで見つけたロシアの家庭料理のお店にメンバー3名と職員理事など合わせて9名で杉田から出かけました。サークル活動なので、費用は全て自己負担です。

ロシア料理を求めて

さぁ、今日はどんな美味しい料理が味わえるのかな・・・

注文したのは、全員同じで、ランチコース税込2000円ナリです。嬉しそうなサークル代表Y氏 味にはうるさい御仁です。

ロシア料理を求めて

まずは、前菜です。ニシンの酢漬けがなかなかでした。Y氏によれば、75点とのこと。Y氏にしてはかなりの高得点です。

ロシア料理を求めて

ロシア料理といえばやっぱりピロシキでしょう~しかしY氏によれば、「美味しいんですけど、もう一味欲しい、何かが欠けている。味にパンチがないです」とのことでした。

ロシア料理を求めて

お次はつぼ焼き。クリーミィーなお味です。「ん~60点ですね」

ロシア料理を求めて

ボルシチです。「これは旨い!80点です!」 他の参加者からもボルシチは大好評でした

ロシア料理を求めて

お肉は、ローストポークだそう。Y氏によれば「ん~・・・これはよく分からないな。う~ん・・・」ということで50点。

ロシア料理を求めて

デザートは、ホワイトチョコレートのアイスとロシアンティー。「美味しいですね。60点かな」

ということで、いつも通り味には厳しいY氏でしたが、また高田馬場にまた来ることがあったら、寄りたい、とのことでした。

ちなみに、お店はお昼時もあってほぼ満員。店員さんも感じが良かったです。

参加メンバーの一人、世界中の美味しいものはほぼ食べたことがあるのではないか、と思われるKさんによれば、「今日のお料理の内容で2000円は安いわよ、ホントはもっと高くてもいいくらいよ」とのことでした。

ロシア料理を求めて

美味しいものを食べると、幸せな気持ちになります。

ロシア料理を求めて

その後、ヘビースモーカーY氏の要望もあり、喫煙OKの喫茶店で今日のお料理について語り合いました(活動終了!)

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栄区公会堂ふれあいショップさんぽみち

横浜市内には、いくつかのふれあいショップがありますが、栄区には公会堂の地下1階に『ふれあいショップ さんぽみち』があります。

栄区公会堂ふれあいショップさんぽみち

昨年末にリニューアルオープンしたそうなのですが、以前から栄区の音楽サークルの皆さんの音楽会が店内で毎週1回開かれていたそうです。

このお店で、スペース杉田のギターサークルの演奏会を開くことになりました 3月25日(金)の午後2時からです。もちろん入場無料です。とても美味しいコーヒーなどを注文して頂ければ結構です

栄区公会堂ふれあいショップさんぽみち

スタッフの高崎さん(左)とマスターの増留さん。増留さんが、このブログを見てくれていてギターサークルに声をかけてくれました。

スケジュールさえ合えば、これから定期的に演奏会を開けるかもしれません。ミュージシャンにとって、定期的に演奏できる場がある、ということはとても幸せなことです。

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Fの悲劇

Fの悲劇
午前中に、ギターサークル初心者扁の練習がありました。

お二人ともギターを始めたばかりなのですが、なにか必死にギターと格闘しているという感じでした。左の人は指が痛そうです。何をそんなに苦労しているのでしょう?答えは下の画像です。

Fの悲劇
これは、ギターのFコードの左指のフォームです。このFコードが難しいのです!人差し指で1弦から6弦まで押さえなければなりません。これが慣れないと痛いのなんの。初心者にはなかなか音が出ないコードです。このコードが弾けずに、長渕剛さんやゆずになることを諦めた少年少女が一体今まで何人いることでしょうか!

ということで、しばらくはFコードに苦労するだろうギターサークルの初心者メンバーお二人でした。

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やっとその気に?

風の強い寒い午後なのに、メンバー6名張り切って海の公園までウォーキングに出ました。

何と言っても今日のトピックは、我らが磯子ファイターズ(ソフトボールのチームです)のキャプテンKさんが、「今日は最後まで歩きますよ」と言い出したことです。

Kさん、ハッキリ言ってメタボです お水ばっかり飲んでる、ということもあるのですが、お腹がボウリングの球を入れているみたいに突き出てます。昨年の試合でもベースランニングが見てて危なっかしいものでした。ソフトボールサークルのキャプテンなんだから歩きなよ~と言われて早3年。意志の強いKさんは、頑としてシーサイドラインの2駅分しか歩いたことがなかったのですが、今日は「最後まで」歩くとは!素晴らしいです。心境の変化でしょうか

・・・今日の目的地は、細かく言えば<海の公園のバーベキュー場>だったのでしたが、残念ながらKさん、そのほんとに直前の<八景島駅>で「足が痛い」とギブアップになりました。

それでも、いつもより3倍以上歩きました。バンザイ! 「ちょっと足が痛いけど。また歩きますよ」と笑顔のKさんでした。

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杉田劇場冬まつり

毎年恒例の杉田劇場冬まつりで、自主製品を販売してきました。

地域の劇団の小公演や音楽演奏があったり、賑やかなイベントです。

仲のいいNPO夢コミネットの時任さん(中央)。

見学を含めて6人のメンバーが参加しました。

午前から閉店まで参加したJさんの感想です。「なんとなくボーっとしてたらいつの間にか時間がたってしまった感じです(笑)。売り上げは・・・まぁまぁです(笑)。昼過ぎからはボク一人になってしまって淋しかったです(笑)。昨日は調子悪くて頓服のジプレキサ飲んだけど・・・今日は一応持ってきたけど飲みませんでした。最近バザーに参加する人が少ないなぁ(苦笑)」

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杉田文学第7号

杉田文学第7号が完成しました。今日は、体験通所中のKさん(46歳男性)の投稿をご紹介しましょう。

『楽しいよ、旅! まず一歩から』

歩くって、楽しいですね。最初に遠くまで歩いたのは高校生の時、歴史が好きで実家の横須賀を3時頃出発し鎌倉まで歩きました。早朝の鎌倉。町はとても静かで、八幡宮までまっすぐ続く「断蔓」の道、僕ひとりで歩く贅沢な感覚。八幡宮の一番上の石段に座り込み、しばらく町を眺めているとカランコロンという木靴の音、装束をまとった神官が僕の前を通り過ぎた。まるで鎌倉時代に迷い込んだよう。これまで何度も来ていた鎌倉とはまったく違う雰囲気に包まれた。歩かなければ得られない感覚に引き込まれた。

大学生(20才)の時、ゼミの研修を八ヶ岳山麓(長野県)にある富士見高原で行うことになった。現地集合と決まった時、「僕は歩いて行きます」と手を挙げた。どうしても、歩きたかった。歩かないと「僕」では無いという思いが強かった。どうしてだったのか。そして「自分」探しの旅は始まった。

9月の初め横須賀を出発し、1泊目は大和へ。人のにぎやかな所が安心だと駅近くの公園のベンチで寝ることにしたが、初めての経験で緊張し、人の足音が気になり眠られなかった。しかたなく朝早くまだ暗いうちから次の予定地の相模湖へと向かった。

まだ平地は残暑厳しかったが、さすがに山々が近くなると秋の気配で寒い。寝袋は使わないだろうと持っていかなかった。1枚のトレーナーでも持ってくればと後悔した。湖畔に並ぶベンチではカップルが静かな時を刻んでいた。1つのベンチを陣取り仰向けになると、夜空には星々がきらめいていた。湖の微かな波の音が僕を眠りに誘った。安心して眠れた。僕だけのレイクサイドホテル。

 道志村、いよいよ山梨県だ。昔から道志七里と言われ東西に長く延びた村。足取りは良好。これまで国道はアスファルトで覆われ歩道もあると思っていたが、そんな常識はどっかに行ってしまった。舗装されていない車1台がやっと通れるほどの土の道。その村を象徴していた。民宿を探し一軒の民家へ向かうと、畑作業をしていたおばさんが僕を見て後を追って来た。「泊まりたいのですが」と言うと、「どうぞ、寄ってきな」と気さくに玄関に案内にしてくれた。その手には採れたてのトウモロコシが握られていた。甘くて美味しかった。

 翌朝、おばさんからこの先の道を曲がると少しだけ富士山が顔をだすよと言われ、僕を家族で見送ってくれた。しばらく山間の道を歩いていたため姿を見せなかった富士山が、一瞬顔を出してくれた。

道志村から次の目的地の富士吉田までは急な峠を越えなければならなかった。途中、自転車のハンドルを手で握り、息を切らせて前へ押し進む若い男性とすれちがった。やっぱり歩くのがいいなと思いながら、僕は先を急ぎ峠を目指した。峠で小休止。前には山中湖の向こうに富士山が堂々と待ち構えていた。「いよいよだな。」これまでの旅の指標が富士山だったからであろう。何だか緊張が湧き上がってきた。山中湖までは真っ直ぐに坂を下ればいい。足が軽やかになった。その僕の横を自転車が颯爽と下って行った。

富士吉田市は江戸時代から富士講の宿で賑わった町で、その景観は今にも残されていた。さっそく寝場所を探して歩き回った。ちょうど公民館の入り口の奥が風よけになりそうだ。それから寒さ対策の段ボールの調達を急いだ。思っていたより小さな町だった。段ボールはスーパーや薬局のものが良いのだが、あいにく店の外には無く、しかたなく八百屋から大きめのものを集め、そして土臭い段ボールに包まって一夜を過ごした。

朝早く起き、次の予定地の本栖湖へと向かった。有名な観光地だから、何とかなるだろうと思っていたが、みごとに期待は裏切られた。店らしきものは無く、湖水から冷気が吹き上げてきてとても寒かった。夕刻は早かった。夜通し歩こうと足を進めたが、歩道が途切れた。電灯も無くなった。周りには樹海が広がっていた。暗黒の闇にたたずむ僕。引き返した。近くに自販機が並んで静かな光を放っていた。蛾が光に集まるように僕も誘われた。触ってみたが、暖かくはなかった。自販機から離れたところにひっそり古びたレストランがあった。階段下の陰が風よけになった。猿子座りで夜が明けるのを待った。

 翌朝、富士山が後ろに見えた。ずいぶん歩いたな、自分ながらに思った。深呼吸をした。本栖湖から下部町までは九十九折の道でいっきょに下った。民家の庭になにげなく咲いていたコスモスがとてもきれいだった。下部温泉は山間の静かな温泉街で、民宿に4泊した。夜、スナックに入るとママさんに「若いのにどこか身体が悪いのかい」と聞かれた。「皆、身体の具合が良くない人が来るもんだから」と話してくれた。「関西ヌード」の看板があって寄ってみたが、もうやっていなかった。お土産屋さんの店頭のスポーツ新聞が、夏目雅子がガンで亡くなったことを報じていた。

途中、身延山に歩いて登った。参道の道には、「南無妙法蓮華経」と書かれた小さな幟が土にさしてあった。頂上の奥の院で、夏目雅子の死を悼んで手を合わせた。

 下部温泉を北上すれば平らな甲府盆地。甲府、韮崎と歩いた。韮崎では雨が降ってきた。親切な駅長が鍵を閉めるけど、中の椅子に寝転んで泊まっても構わないと声を掛けてくれた。何とかステーションホテルに泊まることが出来た。

もうすぐ県境、そして富士見町へと入った。振り向くと確かに富士山が遠くに眺められた。4~5人の小学生が「あ~、かっこいい~」とランドセルを揺らして駆け寄って来た。「何してるの?」と聞くので、「旅しているんだ」と答えた。子供たちに、「何でこの町が富士見町っていうか知ってる?」と聞いてみた。「わからな~い」という返事。「みんなに、あっちを眺めてごらん」というと、みんな「ほんとうだ!」と声を合わせた。

富士見町に着いた。駅前の弁当屋に、夏目雅子が生ビールを飲んでいるポスターが貼ってあった。亡くなったことが嘘のように思えた。駅長さんが外で寝ていては寒いからと、中に入っていいよと誘ってくれた。

さあ、あとは富士見高原へと向かうだけだ。足取りは軽やかだった。

歩くのが好きで、これまで機会があれば歩いた。長距離では、翌年の新潟、佐渡、そして日本海に沿って寺泊、出雲崎、柏崎まで。地方に行くと暇があれば、歩いた。楽しくて、いろいろと人生の勉強になった。よく歩いたのは20才台の頃、今は病気のこともあり、しばらく歩いていない。いつの間にか46才。「スペース杉田」と出会った。何か「挑戦」したい。

よろしくお願いします。

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ちょっと緊張気味

今日から体験通所が始まったYさんです。

Yさん、実はギターサークルのメンバーなのでスペース杉田には何度か来たことがあるのですが、主治医にも勧められ、利用者としてメンバー登録を希望するようになりました。

今日のプログラムはデコパージュ(木工品加工)だったのですが、作業にはなかなか慣れなかったそうです。体調も「あんまり良くないです」というYさん。

スペース杉田では、居住区福祉保健センターワーカーの紹介で見学、その後12日間の体験通所を経て利用登録の検討という決まりになっています。

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それぞれ自由に過ごしてます

午前のプログラムはCooking(調理実習)でした。いつかはそれぞれ自炊ができるように、という目的もありますが、まっとりあえずは早く食べたいなぁ

こちらは調理学校にいたことがあるお二人。なんだかもめてるみたいです

こちらはプログラムの進行に関係なく早弁の方

こちらはソファーで休憩中

午後になりますと、サークルが活動開始しました。

来月、三浦国際マラソンに出場するマラソンサークルメンバー

こちらは、ウォーキングサークル。杉田から山下公園まで楽勝で歩きました

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一日をふり返れば

昨晩の横浜は大雪注意報が出て、ひょっとしたら明日はスペース杉田はお休み?というような天候でしたが、午前中は日射しが暑いくらいの陽気で、雪は跡形もなく消えてしまいました。


今日は給食(ボランティアさんによる昼食サービスです)の日でした。メニューは蠣フライ。大勢の人数で、賑やかでした。

午後3時半には、その日をふり返るサンセットミーティング。女子3名でずいぶん長〜くお喋りしていました

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倹約倹約

倹約倹約
昼食時間にはちょっと早い午前11時すぎ、Tさんが、「見て下さいよ、自分でおにぎり作った(笑い)」と教えてくれました。

生活保護制度を利用し共同住居に住んでいるTさんにとって毎日の食費はばかになりません。コンビニのおにぎりやお弁当ばかりを買って何気にお金を使ってしまっているTさんですが、今日は「ワンタンスープ98円だけですよ(笑)」だそうです。

色々厳しいご時世ですから、食費について考えなくてはいけませんね〜

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生活保護制度勉強会

ご両親と同居している場合、生活していくことが楽になる部分が少なからずあります。ただ、いつかは世帯主になって生活しなければならない時がきます。その時に十分な蓄えがあればいいのですが、ない場合は生活保護の利用が考えられます。

生活保護、という制度には様々な決まりや制限があるのですが、これが結構細かくてややこしい、という声があります。

今日は、区役所の生活保護担当の職員さんに来ていただき、この制度についての勉強会を開きました。「ためになった」「安心した」とは参加したメンバーの声でした。

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第8回健康づくりプログラム

横浜市体育協会の金子先生による健康づくりプログラムは、今日が今年度最後になりました。

今日は、バランスボールやゴムバンドを使ってストレッチをしたりウォーキングをしました。プログラム開始から半年以上、参加した皆さんの体重は少しでも減ったのでしょうか?

・・・残念ながら、現状維持の人はいても、ダイエットできた人はいなかったようです。しかし!結果はともかく、健康でいたいなぁという意識を持ち続けること、それが大切ですよね

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「なんとか来れましたよ〜」

午後4時を過ぎてメンバーの姿はない静かだった室内に、Aさん(20代女性)が一人いらっしゃいました。「なんとか来れましたよ〜」とAさん。

Aさんは生活の目標の一つに、今年いっぱいは〈出来る限りスペース杉田に行くこと〉と決めています。

朝が苦手なAさんは、目覚めても身体の強張りが出て布団から出られないことが時々あります。今日の朝もそうでした。午前中は、何度も起きては眠ってを布団の中で繰り返しました。

なんとか起き上がって、午後には家の中で動けるようになりましたが、それからは「家の外へ出る」という難関が待ち構えています。肉体的にも精神的にもなかなか思うように行動に移せないのです。

「なんとか来れましたよ〜」という言葉は、Aさんのそういう苦労を乗り越えたぞ〜という気持ちの表れだったのでした。

(一人文庫本を読んでいるAさん・・・実は、次の日は意外に楽にスペース杉田に来れたAさんに、「昨日」のAさんを再現してもらったのでした)


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第4回ゆっくりいそご講演会

磯子区役所内の集会室で、4回目になるNPO法人ゆっくりいそご主催の講演会がありました。

今回の講師は、心理カウンセラーの袰岩奈々(ほろいわなな)氏。先生の著書『感じない子ども こころを扱えない大人』を中心に、お話していただきました。わが子から、「お母さん、私、みんなから嫌われているのかな」と言われたら親は何と答えればいいのでしょうか?日常の何気ないやりとり(コミュニケーション)の中には様々な感情や意味があり、私たちは自分たちの「気持ち」をどう扱えばいいのか・・・を分かりやすく解説してくれました。

会場はほぼ満席で、講演後のアンケートには、「もっと聞きたかった」という方が大勢いらっしゃいました。

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嗚呼カラオケ

カラオケ

今日の午後のプログラムはカラオケ(音楽)でした。

みんなカラオケが大好きです 唄う曲によってその人の青春時代が想像できて聴いているだけでも楽しいです。

終了時刻の午後3時を過ぎても、まだ唄い足りないメンバーが何人もいるカラオケタイムでした。

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