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2009年11月

宿泊研修 二日目

二日目の朝は小雨が残っていました。

金沢駅前から定期観光バスに乗って、市内をまわりました。

尾山神社前。

その後、バスガイドさんによると一般の観光コースにあまり入っていないというほマル秘スポットの卯辰山へ。

紅葉の美しさに圧倒されました!

朝の気温で色合いが変わるそうです。今日は5℃以下でちょうど良い気温だったとか。

頂上からは金沢市内が一望できました。

次は日本を代表する大名庭園兼六園に!(クリックすると写真は大きくなります)

Kennroku1

Kennroku2

Kennroku3

                                                         

午後はグループ活動に。とあるグループは近江町市場に

市場の中で、美味しそうなお店を探しました。

とあるお店の「おまかせ握り」!

その後武家屋敷へ。

他のグループと鉢合わせしたりしました。

おじさんグループには似合わない(?)甘味処に入りお茶しました。その後は金沢駅までタクシー班とウォーキング班に分かれました。

駅前の裏通りで記念撮影

駅前のバス停に集合して小松空港へ向かいました。

1泊2日の宿泊研修も、あっと言う間に終わりました。調子を崩したメンバーいたようですが、大きな怪我や事故もなく無事に終了です・・・上空から見下ろす夜の羽田空港は綺麗でした。

羽田空港でお気に入りジッポーを返してもらってホッとするピンキー矢沢さん。何故か雪駄履きでした。

京急改札前で解散しました。実行委員のメンバー、職員さん&参加した皆さん、お疲れ様でした!

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宿泊研修 一日目

ついに今年度の宿泊研修の日がやってまいりました

まだ日の出前の午前5時20分集合です。寒いし眠い・・・

それなのに遅刻者ゼロで全員集合しました。始発電車やタクシーを使った人もいました。

羽田空港ロビー。航空チケットを配る実行委員。

ピンキー矢沢さん(芸名)が、手荷物検査で引っかかってしまいました。絵柄が気に入ったというマッチ箱を数箱持っていました。ライターも3個所持していたので、お気に入りのジッポーは没収されました。

羽田から小松空港まで約50分。天候が良く、機内から富士山を見下ろすことができました。

空港に着くと、すぐに観光バスへ乗車しました。

朝が早かったので、すでに眠っている人もいます。

最初の訪問地、曹同宗大本山永平寺。まさしく深山幽谷の地にありました。

今この時も修行している僧侶さんがいらっしゃるとは・・・

1時間半後、また観光バスで出発しました。次の訪問地は、東尋坊。

昼食後、東尋坊の岬へ・・・穏やかな風の吹くいい天気でした。

断崖絶壁なのですが、あまり怖くはありませんでした。バスガイドさんによると、巨大タンカーが座礁するほど強い風が日本海から吹きつけることもしょっちゅうあるそうで、ここは自殺の名所だったのでした。「なんでうちらが自殺の名所を観光しなくちゃいけないのよ、アハハ(笑)」とは実行委員Mさんのお言葉。ルートを最終決定したのはMさんなんですけどね

九谷焼のお土産屋さんへ。さすがに九谷焼、高価で綺麗な物が多かったです。

またバスに乗り、一路加賀百万石の城下町金沢へ。

近江町市場前のホテルにかなり早く到着。夕食まで時間があるので、急遽ミーティングを開き、2人以上の行動が条件で、スペース杉田の宿泊研修初の自由行動になりました。

近江町市場、金沢の原宿と呼ばれている繁華街、茶屋町へと各グループになって外出。もちろんホテルの部屋でのんびり過ごすメンバーもいました。

実行委員のJさんは、近江町市場の隅にあるレトロな喫茶店でのんびり。80年代の洋楽が流れていました。「ボク禁煙しようと思うんだよね」とHさん・・・

定時に全員ホテルロビーへ集合。楽しみな夕食へマイクロバスで出発。

格調高い(?)お座敷でした。「食べづらいなぁ」という声があちこちからありましたが、大きな蟹が鎮座していました。

乾杯の挨拶をする実行委員のお二人。原辰則の物真似をして寒い風を吹かせたMさん。「誰だったんだあれは」

前田理事長。スペース杉田のイベントにはほとんど参加しています。心強い!

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明日から宿泊研修

宿泊研修実行委員会
午後に宿泊研修のスタッフミーティング(7名)をやりました。

遅刻者がでた場合誰がどのような対応するのか、グループ行動のルール、ホテルでの過ごし方など細かな打ち合わせをやりました。

今回は比較的ゆるいスケジュールの一般ツアーに自分たちの予定を組み込みましたが、明日朝の集合時間だけは5時20分です!皆さん遅れないで来れるのかな?

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枕の中から声が聴こえてきた

午前中にスピーチサークルがありました。スピーチサークルは、話し手にテーマを絞って話してもらい、聞いてくれる人たちに分かりやすく整理して話すことができたかを振り返るサークル活動です。

今日の発言者は、体験利用を始めて2ヶ月を過ぎたHさん。20代後半の男性です。スピーチは、二十歳前の発症時の頃の体験からスタートしました。耳元で囁きが聞こえ始め、次に枕の中から聞こえるようになり、やがて家の外でも聴こえるようになったそうです。そんな状態でアルバイトを続けながら1年間過ごし、精神科を受診して初めて統合失調症という病気であることが分かった時は、涙が出るほど安心したそうです。それまでは、「そういう(囁きが聴こえてくるような)世界があるのだ」と怯えていたそうです。

スピーチの終了後、聞いていた女性メンバーから「20年前、私も全く同じだった」というコメントがありました。
幸いHさんは服薬で幻聴を聴くことは全くなくなりました。

(スピーチは、当日参加できなかった方やご自分の振り返りの為にビデオ撮影をします)

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第5回ベイサイド杯ボーリング大会実行委員会

第5回ベイサイド杯ボーリング大会実行委員会
(実行委員会!と言っても実行委員はこのお2人だけ)

来週開催するボーリング大会の打ち合わせをやりました。もう何年も同じメンバーで企画・開催しているので、短時間で終わりました。

今年は初参加の金沢区のクリニックのメンバーが10名も参加してくれる予定で、昨年よりも大人数での大会になりそうです。

このボーリング大会は、スペース杉田の音楽会・映画制作・ハマこいサークルなどと同じく、近隣の当事者にも声をかけて参加者を募る当事者同士の交流活動として開催しています。

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第34回よこすかシーサイドマラソン

恒例のマラソン大会に参加してきました。今年で5年目です。午前8時にJR横須賀中央駅に集合しました。

第34回よこすかシーサイドマラソン

走る前なのに余裕の表情の参加メンバー

第34回よこすかシーサイドマラソン

5キロの部、スタート前の光景(他に10キロ、ハーフなどの部があり、3千人近くの参加者が集う大きな市民マラソン大会です)。

そして・・・午前9時45分、スタート!

陸上部と思われる学生さん、自衛隊の人などいかにも速そうな選手に混じって、スペース杉田チームも頑張りました・・・

第34回よこすかシーサイドマラソン

・・・最初にゴールしたのは、マラソンサークル代表Yさん。50代にして28分台で帰還しました。

第34回よこすかシーサイドマラソン

(応援団と一緒に記念撮影)

朝出かける前に参加票をなくしていたことに気づいて大慌てしたり、練習不足でレース途中で何回も歩いてしまったり、色々ありましたが、みんな完走しました。

スタート前の高揚感と、5キロのゴールのゲートをくぐるこの気持ち良さよ! とは、ある参加者の感想です。「小学校の時の運動会みたいだ!」

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同じ日の午後、鎌倉のとある町内会館のホールで、ギターサークルのJさんが、通っているギター教室の発表会で3曲演奏しました。

先生の弟子仲間ばかりの発表会で、ほのぼのした雰囲気だったそうです。

♪休日も色々楽しんでるスペース杉田のメンバーでした。

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事業仕分け

スペース杉田の事業は、横浜市からの運営補助金でまかなわれています。しかし、スペース杉田以外のメンバーや地域の方々をも対象とした活動については、スペース杉田の運営費が使えない場合があります。そのような場合、頼りになるのが様々な団体の助成金です。独立行政法人福祉医療機構の助成金もその一つです。

ところが、先日の行政刷新会議の事業仕分けで、「独立行政法人福祉医療機構に国が出資した基金は全額、国庫に返還」との結論が新聞テレビで報じられました。

「市民が公益を担う社会は、こういう補助金に頼る社会ではない」「3億円の人件費が理解できない」「福祉の美名に名を借りたばらまきだ」とは、仕分け人の方々のご発言。「必要額を毎年度予算措置する方法に切り替える」そうですが・・・スペース杉田でも、ある地域活動交流事業への助成金を申請していたのでした。

(独立行政法人福祉医療機構の事業案内、分厚いです)

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『あ~もう疲れたよ』

スペース杉田には日中様々な過ごし方をしているメンバーさんがいますが、Dさん(4月9日登場)は、某社で週5日フルタイムで働いている方です。夕方久しぶりにフラッと来所しました。

病気のことは働き始めてから職場の上司には伝えました。話さなければ仕事を続けていけない状態になったからですが、幸い理解のある上司だったそうです。

薬を飲みながらハードな仕事を続ける苦労は中々他人には分かりませんが、Dさんはもう1年以上頑張り続けています。でも、笑顔で『あ~もう疲れたよ』だそうです。

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50円玉には穴がなかった?

今日の給食は、職員Kさん得意料理のホワイトシチューでした

食後は、昔のピンク色の100円札や50円玉には穴がなかったのよ~という話で盛り上がりました。1万円札の顔は聖徳太子以外憶えてない、今まであんまり持ったことないからね~、ということでオチがつきました。

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『ゆっくりいそご講演会』 アルフォンス・デーケン氏

ゆっくりいそごの講演会が決定しました。

今年度は、上智大学名誉教授アルフォンス・デーケン氏をお迎えします。

~ゆっくりいそご講演会~

●会場 杉田劇場ホール(磯子区民文化センター)  

●日時 平成22年3月5日(金)午後6:30~8:00(予定)

●講師 アルフォンス・デーケン氏

●講演題「ひびきあう心~よく生き、よく笑い、よき死とであう」

●参加費 800円(当日1000円)

●対象 一般300名

(チケット発売開始日は決まりましたらお知らせします)

(杉田劇場のある、らびすた新杉田)

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古都金沢のマック??

古都金沢のマック??
今年度の宿泊研修(石川県金沢)も実施まで2週間になり、午前のサブミーティングは今回の旅行についての話し合いになりました。

メンバーの参加予定人数は17名、ボランティア(理事)参加3名、職員5名の団体旅行です。

東尋坊や金沢の兼六園などをまわる予定ですが、グループの中には、金沢のドンキーやマックに行きたいというメンバーもいるスペース杉田の宿泊研修デス。

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スピーチ原稿

6日に開かれた精神障害者の親の会「なぎさ会」さんとの交流会で、スペース杉田のメンバー4名がスピーチをしました。そのお一人R子さんは、お母様とスピーチ原稿を作って当日に臨みました。ご本人の承諾を得て、そのスピーチ原稿を掲載します。

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※※※※(ご本人のお名前)の、生涯のステップ

平成21年11月6日 現在

 今日発表することになり、とても不安でいましたが、がんばりたいと思います。今日のこの文は、病気をともに戦ってくれた母と二人で考えたものです。なぜなら、私の頭は、まだまとまった文をつづれるほどには、回復していないからです。あの頃のことを思い出すのも辛く、病気の世界にまた行くのではないかと恐い思いもありますが、少しだけあの頃に帰ってつづってみたいと思います。 

 中学2年の頃より、塾にて当てられ恐怖から不眠になり、あろう事に、大学のときにスペイン語でまた同じトラウマになりました。優秀で明るい友人たちを呪う言葉が、私の頭の中をぐるぐると回り始めたのでした。

そして、手を洗い。・・・・また、洗い。・・・・また、洗う。”

 地獄の病気の始まりです。「おかーさん、私の体の中に、誰かが入ってきたよー・・・・・!」”忘れもしない大晦日の日、わらをもすがる思いでおはらいをしてもらったのでした。その後は、病気の世界にまっしぐらという日々・・・・・。4年もの長い入院生活・・・・。

 病気は、私の夢や人生や全てのものを奪って、今も私の中に”チョコン”と、居座っているような気がします。でも今、私はその病気と初めて向き合ってます。私と母は、”共依存”といわれ、 ”主治医の先生からも、「共倒れになります。」と、ご指導があり、辛いけれど、母に会うと甘えてしまうからです。”母が行っている家族会の依存症専門の先生が、いつも母が迷った時、ご指導して下さったのでした。”「布団が、汚染されたー・・・・・!別のを買って!」と、暴れている私に 先生は、「布団を何百枚買うんだっ!、行くなっ!、会うなっ!、見るなっ!、聞くなっ!」まるで、日光のおサルのようです、「家族の中に、二人病人はいらないっ!」「娘さんは、おかーさんの手には負えませんよ、国に頼みなさいっ!」”一貫してその言葉を言われ続け、そしてそのとおり私は生活保護になり、厳しい訓練の中におかれたのでした。

 思えば去年の秋、歯医者の帰り、薬が強すぎてパーキンソンのような症状が出て、食事中に食器の中に顔がうずまってしまうほどでした。私よりも、母が狂ったようになり、なぜ、薬にばかり頼るのよっ!と、ふらついている私を突き飛ばし、大暴れ・・・・!”その時、ポツンと・・・・・、”「お母さん、・・・・ごめんね・・・・、私、出したくとも、もぅ・・、何の力も出ないの・・・・・、」といって、二人で抱き合って陸橋の上で号泣した悲しい思い出です。”でも今の私は、もう病院に帰りたくないのです、意味もなく街をさ迷いたくないのです・・・、

”お母さんの後姿が見えるあのテーブルで、「また、焼肉かぁー!」と、文句を言ってみたいのです。”だから、病気をやっつけているのです。自分の心しか戦えないのだから・・・。どんなに眠くても、疲れていても、朝当番・夕当番・通所、今の私は、命がけといっても過言ではありません。”母はいつも、「いつか私は、いなくなるのよっ!、どんなにおかーさーんといっても、もう現れない日がくるのよっ!、でもおかーさんは、あなたの胸にしっかりと住んでいつも見守っているからね・・・・。」”だから、私は頑張っているんです。今は、ヨチヨチ歩きでも、一人で歩きたいからです・・・

 グループ・ホームの、職員の方の、厳しさの中に愛のあるお言葉、スペースの皆様の笑顔に、いつも救われています。そして、”私の救世主”主治医の先生、病院のスタッフの方々、皆様のお力”があったからこそ、頑張る私があると思います。”「本当に、ありがとうございます。」”そんな私を命がけで守り、一歩一歩立て直して行った、「お母さん、・・・本当にありがとう・・・。」”

 これからの”夢”として、考えている事があります。こんな不況の時代、皆様の一生懸命働いた大切なお金・・・という思いは、いつも離れないのですが、いつもそこに捕らわれて行ってしまいます。”生活保護なのに、こんな服着ていいのかしら?””こんな美味しい物食べて良いのかしら?”などなどです。いつも+(プラス)思考の母は、「じゃあ、そういう運動すればいいのじゃない?」などと、言っています。”保護でも、貧しくても美しく・カッコ良く、部屋には花でも飾って、死ぬ時に病気になったけど、良い人生だったねって、思えるように・・・・・。””歯が抜けて・髪は、ボサボサ・着る物は、ダラリー・・・・・、病気になって、そんな風に生きていたら悲し過ぎます。””「皆で元気出そうよ・・・・・。小さくなるのは、やめようよ。」って、言って歩きたいような気がするのです。”

 それから最後に、これは私から国への”お願い”でございます。生活保護者に、入る大学は閉ざされています。病気などで、途中で学問を断念した人は、大勢いるはずです。病気だけでなく、人生につまずいてなった人もいるはずです。そして、学問の大切さに目覚めた人は、すごいパワー(力)が出ると思います。そして私たち病人も、希望が持てます。またこういう所まで来てしまったから、人生の悲しみ・辛さを知っているからこそ、いい政治を行う事ができる人も、育つのではないでしょうか。どうか、通信教育の中の一つでいいのです。生活保護者の中にも、学問の道を開いてください。お願いいたします。いつもは、過食になって食べていたり、”恋人の犬”に会いに行って、突き飛ばされている私ですが、-今日は真面目に頑張って自分の気持ちを書きました。

ありがとうございました。「楽しい”スペース杉田”の職員や、メンバーの皆様、ありがとうございます。・・・」 (下線やフォントは原文のママです)

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なぜ私は顔を隠すのか?

このブログを始め、対外的に発行する会報やDVDに、ご自分の顔写真の掲載や収録を拒否されるメンバーがいらっしゃいます。その理由を今日いたメンバーに訊いてみました。

『なんでだろ、なんかイヤだ。もちろん病気を知られたくないっていうのがあるけど』『昔の知り合いに、私がここにいることを知られたくないからです』『誰が見ているか分からない。障害者になったことを知られたくない。個人情報は秘密にしたい・・・昔男性関係で問題があって、ここにいることがバレたら乗り込んでくるじゃないかと怖くて(笑)』『僕は出席率が低いし、存在感がないですから』

『まぁ誰が見てるか分からないし。顔はヤだなぁ。万が一ってこともあるし。もう仕事しようって気持ちはないけどね・・・』


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退院して2ヶ月・・・

退院して2ヶ月
このブログに9月2日登場の2Bさん(筆名45歳)が9年間以上の入院生活からGH(グループホーム)へ移って2か月以上が経ちました。

『なんか、自分がGHのメンバーにも職員にも受け入れられてない気がするんですよね・・・辛いですし、孤独を感じます。これだったら、病院や実家にいた方良かったって思います。まぁ実家はみんなにダメだって言われてるから戻れないけど、病棟には仲のいい人がたくさんいたし、話が合う人がいた。GHには、話が合う人がいないんですよ・・・よく精神科の人の入院が長くなるのが話題になりますけど、理由は、友達です。病棟の友達と別れるのが嫌だからです・・・でも、僕はもう病院には戻りたくないから頑張ります。幻聴みたいなのが聞こえることもあるけど、先生に「それは絶対幻聴だから、本人に確かめちゃダメだよ。日記みたいにノートに書きなさい」って言われました。先生涙ぐんでて、僕の事を親身になって考えてくれてるんだなって感じました・・・あと、星野仙一さんの「星野流」という本をよく読んでます。星野さんにも誰にも受け入れてもらえない時期があって・・・自分もそういう時期だけど、何とか耐えて頑張ろうと思います』

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スポーツの秋ということで

月曜午後は毎週スポーツプログラムです。今日は、22日(日)の『よこすかシーサイドマラソン』と今年初めて12月に開催される『第1回磯子駅伝大会』に向けて、マラソンサークルのメンバーたちが新杉田公園を走りました。

走ればまだ汗ばんでしまう陽気でした。女性メンバーを含めて4名が走りました。

同じ時刻に、いつもの山下公園までのウォーキングを別班でやっていました。こちらは、50代男性2名とボランティアさん。お二人ともスタスタとかなり速いスピードで歩いていました。

たまにこのウォーキングに参加するNさんをご紹介しましょう。年齢52歳。どことなく修行僧を思わせる風貌のお方です。少林寺2段。20代の頃に7年間ほど稽古してたそうですが、いまだに演舞をやると、空を切る音がします。でも、実践では使ったことはないそうです。今日は、イボ痔も治ってスッキリして歩いたそうです

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『なぎさ会』さんとの交流会

磯子区の精神障害者の家族会『なきさ会』さんと、ゆっくりいそご(スペース杉田)の今年で3回目の交流会が開かれました。

会は、始めにスペース杉田の主にサークル活動を紹介するビデオを上映した後、メンバー4名と職員が自分の症状や生活やスペース杉田ついてスピーチしました。ある女性メンバーは、辛かった時を思いだしたのか、泣きながら母親への思いを語っていました。なぎさ会の参加者からは、「家にいれば調子はまぁまぁだが、外に出ていくきっかけ作りが難しいし、バスに乗ることさえ難しい」「働いているが、いつ調子を崩すか心配で眠れない日々です」「親の介護と弟の病気が重なって、どうしていいか分からず困っている」などの切実な訴えがありました。

磯子区内でも、スペース杉田のような施設に通える精神障害のある人は、数多くの方のごく一部です。

『なぎさ会』さんとの交流会

(2時間以上の交流会でしたが、涙だけでなく笑いも勿論ありました)

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素晴らしきピアサポート?③

男やもめにナントカのTさんの部屋を綺麗にしよう!という仲間たちのお掃除活動の3回目(最終回)でした。

午前中の一番乗りは、お掃除隊隊長のTさん。今日も大きな荷物を背負って(前日参照)Tさん登場。午後からは、3名のお手伝いも来るそう。まずは、エアコン掃除から。2年以上洗っていないというフィルター掃除がMさんの分担に。エアコン本体はタバコのヤニがベットリ付いていました。

衣装持ちのMさん。靴も結構ありました。昔はもっとあったそうですが、人のいいMさんは友達にあげたり、安く売ってしまったそうです。

一服タイムに、友達のありがたさをシミジミ語るMさん。「ボクはほんとに友達に恵まれてますよ」

今までは、お風呂と食事は近くの生活支援センターを利用していたそうですが、綺麗になったんだから、これからは自宅でどうぞMさん。

1万円のトトロのライト。耳が取れてしまったのですが、友達が接着剤で直してくれたそうです。

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荷物が多いですねぇ

今日は月2回のイブニング・ケアで、夜8時まで開所していました。

お二人のレディースが6時過ぎまで職員を交えて、お喋りしていました。

いつも元気な、でも照れ屋さんのTさんは、パンパンのリュックに肩掛けと手提げバッグ、特売で198円のトイレットペーパーを手に持ってお帰りです。この後、上大岡で買い物をすると言うから驚きです。でも、荷物が多いのはちゃんとワケがあるそうです。

Tさんの「これから買い物」を聞いて、「私もこれから買い物なんです!」と買い物メモを見せてくれたMさん。夕食の準備でしょうか。

(ブログに出るの大好きなMさんです)

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